Monday, 15 June 2015

江戸期までの日本人の死生観

From るいネット
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=304542

江戸期までの日本人の死生観
 
大島健男 ( 33 会社員 )15/06/01 PM07 【印刷用へ
子育てに見る情愛の深さ(303614)や、幸福感に溢れ世の中の悲哀を感じさせない笑い(304301)、鳥獣と人間との近しい関係(293836)など、江戸期の文明には際立った特徴が見られます。

それらの江戸期までの日本文明が持っていた特徴と、自他の不運や不幸を殊更に嘆く事をしない死生観との強い連関を感じます。

「自分」への執着が薄いというのでしょうか。必要以上に周りの人々を哀しませずに死んでいくことができたのは、ひたすらに役割を全うして生き抜いたからなのだと思えます。

読書倶楽部通信 リンクより引用(引用者注:★★の間は渡辺京二『逝きし世の面影』からの引用部分)
***
渡辺京二 『逝きし世の面影』を読む。
45・江戸時代と死
           ○
★★
徳川期の日本人が病者や障害者などに冷淡だと見なされたとしたら、それは彼らの独特な諦念による。不運や不幸は生きることのつきものとして甘受されたのだ。

他人の苦しみだから構わないというのではない。自分がおなじ苦しみにおちたときも、忍従の心構えはできていた。近代ヒューマニズムからすればけっして承認できないことだが、不幸は自他ともに甘受するしかない運命だったのである。彼らにはいつでも死ぬ用意があった。侍の話ではない。ふつうの庶民がそうだったのである。

カッテンディーケは言う。「日本人の死を恐れないことは格別である。むろん日本人とても、その近親の死に対して悲しまないというようなことはないが、現世からあの世に移ることは、ごく平気に考えているようだ。彼等はその肉親の死について、まるで茶飯事のように話し、地震火事その他の天災をも茶化してしまう。

……私は長崎の町の付近で散歩の途次、たびたび葬儀を見た。中にはすこぶる著名の士のそれさえ見たが、棺は我々の考えでは、非常に嫌な方法で担がれ、あたかもお祭り騒ぎのように戯れていた」。

ヴェルナーも長崎で葬列に出会い、参列者が「快活に軽口を飛ばし、笑い声をたててい」るのを見た。「死は日本人にとって忌むべきことではけっしてない。日本人は死の訪れを避けがたいことと考え、ふだんから心の準備をしているのだ」と、彼は思わずにはいられなかった。

長崎は特別だったのだろうか。いや、神奈川宿に住んだマーガレット・バラは当地の葬送の風習を紹介するついでに、

「いつまでも悲しんでいられないのは日本人のきわだった特質の一つです。生きていることを喜びあおうという風潮が強いせいでしょう。誰かの言葉に『自然がいつも明るく美しいところでは、住民はその風景に心がなごみ、明るく楽しくなる』というのがありましたね。この国の人たちがまさにそれで、日本人はいつのまにかそういう自然に感化され、いつも陽気で、見た目によいものを求めながら自分を深めてゆくのです」

と述べている。
★★
             ○

江戸時代人の一般的な「死生観」は、もうほとんど日本には残っていない。もしも、現代のお葬式で、江戸時代人のように振舞ったら、とんでもない「非常識人」としか思われないだろう。

だが、江戸時代人にとっては、「死」は、いつでも自分にやってきうるものであり、明日は自分がその身になるかもしれないものだった。いつでも、「死の準備」をしている人たちだった。

杉浦日向子は、こう言っている。

             ○

江戸の人々は「人間一生、物見遊山」と思っています。生まれてきたのは、この世をあちこち寄り道しながら見物するためだと考えているのです。「せいぜいあちこち見て、見聞を広めて友だちを増やし、死んでいけばいい」と考えています。ものに価値をおくのではなく、江戸の人々は、生きている時間を買います。

             ○

旅にたっぶりお金をかける人もいる一方で、無銭でも旅に出られたのが江戸のおもしろいところです。大家さんに一筆書いてもらって、「通行手形」を出してもらえば全国どこにでも行けます。

思い立った時に、夜逃げのごとくすべての借金を踏み倒して出て行ってしまう人もいます。江戸はそういうことも受け入れられる社会です。無銭のたびでは各宿場で働きます。

手形に必ず書いてあるのが、「もし旅先で死んだらあり合わせのところに埋めてください。亡骸を送り戻す必要はありません」という主旨の一筆です。「生きるも死ぬも自分の判断、他人のせいにしない」ということを、皆きちんとわかっていました。(『お江戸でござる』 杉浦日向子)

             ○

こういう考え方は、どうなのだろう。現代よりも劣っている、近代以前の迷妄の産物だと言って片付けてしまえるのだろうか。そうハッキリとは言えないのではないか、と僕には思われる。かえって、江戸時代人の死や生の考え方の方が、人間として<深い>と言えるのではないだろうか。

僕は、現代に生きているけれども、人間という概念が、とても平板で、浅くなっているような気がして、とても不満だし、危機感がある。科学は、人間という概念を、平板にしてしまったのかもしれない。すべて、「脳(前頭前野)」や、「科学的な実験」で分析できる、というように、だ。

本当は、もっと深いところでの、総合的な人間像が組み換えられるべきではないのか。
***(引用以上)

食が人を変える

From

http://homepage2.nifty.com/motoyama/index.htm
本山よろず屋本舗

食が人を変える



 私が食品添加物や、経費毒と言われる体内から入る毒を極力減らす食生活を心がけるようになってから1年半ほど経ちます。
 外食する際は、できれば有機栽培されたものを食べられればいいのですが、そうでないケースも多々あります。その場合は自分の中に順位づけがあって、蕎麦、魚料理、油分の少なそうな中華料理、などの順で選ぶようにしています。
 肉は極力控えるようにしています。これは私が肉嫌いというわけではなく、遺伝子組み換え食品に由来した物はできるだけ食べないと決めたからです。
 こんなことを書くと、肉が遺伝子組み換えと何の関係があるんだと、大いに突っ込まれそうです。
 その理由は国内産の牛、豚、鶏であっても、海外から輸入された遺伝子組み換え穀物による飼料で育てられているからです。牧草だけで育てられた牛であればその限りではありませんが、目が飛び出るような値段でしょうから、私のようなビンボー人が口にできるはずもありません。つまり国内産と銘打った肉でも、間接的に遺伝子組み換え食品を食べていることになるのです。
 日本は今、世界最大の遺伝子組み換え食品の消費国となっています。その輸入量は(世界一の)年間2000万トンにも上ります。コメの消費量が800万トンですから、その量の多さはコメを圧倒しています。これでは日本人の主食はコメではなく、遺伝子組み換え食品と言ったほうが的を得ているかもしれません。
 輸入された遺伝子組み換え穀物は、家畜飼料の他に、食用油の原料、または加工食品に混ぜ込ませる形で私たちの口に入ります。遺伝子組み換えを大量に食べている日本人の多くが、遺伝子組み換え食品を食べている実感がありません。それは巧妙に遺伝子組み換えの表示義務を逃れるような細工がされているからです(どのような細工かは、興味のある方はご自分で調べてみて下さい)。
 それゆえ私は自宅では、できるだけ加工食品を食べないようにしています(国産大豆100%の納豆や豆腐などは食べます)。
 こうした努力により、私の体内から毒素がだいぶ排除されたと思っていますが、同時に体質も大きく変わることになりました。
 食品添加物や、野菜や果物などに残留している化学合成物に敏感に反応するようになってしまったのです。
 一例を挙げます。
 半年ほど前までは、普通にスーパーで売っているリンゴが食べられたのですが、最近は食べると気持ち悪くなるのです。それで自然食品店で減農薬のリンゴを買うようになりました。
 ある時、自然食品店で減農薬のリンゴを4個買ってきたのですが、その最初の1個は食べても大丈夫でした。
 ところが2個目を食べたら、気持ち悪くなったのです。減農薬のリンゴでもダメなんだと思って、残りの2個は捨てようと思いました。ところが、せこい私は捨てるのがもったいなくなって、物は試しと食べてみたのです。すると、大丈夫だったのです。なんとも不思議な話でした。
 そこで千さんのお爺ちゃんセッション(注0)の際に、なんで2個目のリンゴだけ気持ち悪くなったのか聞いてみました。
 すると、仕分けの段階で本来は入ってはいけない(普通にスーパーで売っているレベルの)農薬漬けのリンゴが、間違って紛れ込んでしまったんだそうです。それを運悪く私が買ってしまい、2個目に中ってしまったというわけです。なるほどです。

 普通にスーパーや八百屋で売っているリンゴが農薬漬けだと言われて、驚かれる方もおられるかもしれません。
 日本は世界でトップを争うぐらいの、農薬使用国です。ヨーロッパの基準と比べてあまりのもおかしいため、日本のス-パーや八百屋で売っている野菜をヨーロッパに持っていったら、即廃棄処分になるといわれているそうです。その証拠に、木村秋則さんが言っていましたが、ヨーロッパから日本に渡航する旅行者のためのパンフレットには、日本の野菜は農薬漬けなので注意するようにと書いてあるそうです。
 ついでに言うと、日本は食品添加物王国でもあります。
 日本で認可されている食品添加物は1000種あまりと言われていますが、アメリカで140種、ヨーロッパの国々では、せいぜい数十種と言われています。

 さらに、魚介類には残留した消毒剤の問題もあります。
 私は、(以前にも書きましたが)魚介類を消毒する時に使う次亜塩素酸ナトリウムのような消毒剤が微量に残留していても反応するようになってしまいました(それゆえスーパーで魚介類を買う際は、消毒剤を使っていないものを選んで買うようにしています)。

 自宅で食事する時はこうしたルールを設けていますが、外食する際はあまり気にしないことにしていました。
 特に仲間との飲み会の場合は、牛肉だって食べることもありました。ただし、やはり食べても一口ぐらいにして、なるべく量は食べないよう心掛けていました。
 しかしそれでも飲んだ翌日は具合が悪くなるのです。
 最初の頃は、二日酔いだと思っていました。外で飲む場合は、普段飲む量を超えて飲んでしまうからです。
 でもあまりに具合が悪くなることと、二日酔いとは違った独特の気持ち悪さに襲われることに、だんだん気づいてきました。
 そこで再度、千さんのお爺ちゃんセッションのときに、聞いてみたのです。すると驚きべき答えが返ってきました。
 飲んだ翌日の気持ち悪さは、二日酔いよりも、食べ物に含まれる毒物の影響の方が大きいというのです。私の体質は本当に変わってしまったようで、外食する際は安全なものでないと難しいそうです。セッションの終わり頃に再度念を押されるように言われたのは、弁当を持って出かけた方がいいとのことでした。

 ここまで念を押されたのですが、軽薄な私はこのアドバイスをさっそく破ってしまったのです。
 テニス仲間との飲み会があり、私はのんびりとテニスをやれるのは今年ぐらいまでだから、できるだけ仲間とは親交を温めたいと思い参加することにしました。
 私にとって不幸だったのは、飲み屋が焼き鳥屋だったことです。
 タレと塩の大量の焼き鳥が出てきたのですが、私だけ他の物を頼むのは気が引けて、「まあいいや、食べちゃえ~」とばかり人並みに食べてしまったのです。
 すると翌日から3日間、地獄をみることになりました。
 翌日は朝は、起きれませんでした。
 昼頃になって寝床を抜け出したのですが、気持ち悪くて立っているのも億劫という状態でした。
 2日目はだいぶ改善したのですが、それでも1日中ずっと気持ち悪さは続いていました。3日目になって、やっと外出する気力も湧いてきたのですが、それでも身体が思い通りに動かない感触がありました。
 4日目になって、やっと気持ち悪さも取れて、普段の自分に戻れたという感じです。
 全くもって、ひでえ~目に遭いました。
 今私の関心事は、一緒に飲んだテニス仲間は大丈夫だろうかということです。今度会ったら、翌日に具合悪くならなかったか、ぜひ聞いてみようと思います。
 でもたぶん、私以外に誰一人具合悪くなった人はいないだろうと思います。なぜなら、我々が飲んだ店は、なんの変哲もない街で見かける普通の居酒屋だったからです。
 彼らは、大量の毒物を短時間で無毒化してしまうような超人の身体を持っているのでしょうか。
 いいえ、違うと思います。
 そうした毒物の大半は、確実に体内に蓄積されていると思います。
 なぜなら現代の日本人は、どんどん不健康になっているからです。
 日本の年間の医療費は過去最高を更新し続けており、2012年度は39兆円に達しました。介護費用を含む保健医療費全体でみれば、国内総生産(GDP)の1割を超し、先進国の平均を上回っているといいます。
 日本では寝たきり老人のような、QOL(クオリティオブライフ:生活の質)の低い老人が、欧米より圧倒的に多いと聞きます。
 医療技術が進歩していると言いながら、実質的には日本人はどんどん不健康になって病気になっているということです。
 これは、日本人の6人に1人(2000万人)が糖尿病予備軍と呼ばれ、2人が1人が癌になり、3人に1人が癌で死ぬ時代となっていることから頷けます
 日本人は食事その他から、大量の毒物を取り入れるようになってしまったということです。
 多くの日本人は、長年にわたり体内に蓄積した毒物で病気を発症するのに対し、私はその毒物を、身体に入った直後に体感するようになってしまったということだと思います。

 これまで食によって私の身体に起こった変化を書いてきましたが、ここから学校の給食を変えることで変化が起こったという話を、『給食で死ぬ!!』(大塚貢、西村修、鈴木昭平著、コスモ21)から抜粋して紹介したいと思います。
 平成4年(1992年)、著者の大塚貢(みつぐ)氏が、長野県の中学校に校長として赴任したとき、その中学校の荒れ方はハンパなものではありませんでした。


 ・・・<『給食で死ぬ!!』、p10~p11から抜粋開始>・・・

 赴任した中学校の状況 -- 非行を犯す中学生が続出!

 平成4(1992)年、私は長野県にある生徒数1200人弱の大きな中学校の校長に赴任しました。当時、そのA中学はとても荒れていました。しかし、他にも荒れている学校が多くありました。なかには廊下をバイクで走り抜ける生徒もいました。しかも急ハンドルを切ったりするため、床にはタイヤ痕が焼きつき、金べラやシンナーで落とそうとしても落ちません。それは、じつにひどい状態でした。
 そのA中学で5年間校長として奮闘したあと、平成9(1997)年から真田町の教育長となり、当時、町に6校あった小学校、中学校の改革に取り組みました。
 まずA中学での体験からご紹介します。
 その中学校では、校舎の内外に落ちているタバコの吸い殻を集めると、1~2時間でバケツ1杯分になるほどでした。そして毎日のように非行や犯罪が、何かしら起きます。
 どういう状態かというと、生徒が授業を抜け出し、外で群れてタバコを吸ったり、弱い者を引きずり出してきて、いじめて現金を巻き上げたり……。さらには学校外で空き巣をしたり、あるいは1人暮らしのお年寄りの家に行って脅したり、そんな犯罪行為を起こす生従さえいたのです。
 事件が起きると先生たちは、その都度対応しなければなりませんから、先生方もまた本当に疲れ切っていました。

 ・・・<抜粋終了>・・・


 いやはや、凄いものです。
 これでは荒れているというより、犯罪者が学校にも通っているといった状態です。
 大塚氏は、荒れた学校を変革しようと以下の3つのことをします。

・つまらない授業の改革
・給食の改革
・学校に花を植える

 大塚氏は、生徒が学校を抜け出すのは授業をつまらないからだと判断します。
 そこでまず取り掛かったのが、先生方に授業を生徒にわかりやすく、かつ興味の持てるようにしてもらうことでした。
 これはある程度成功し、学校の荒れ方はだいぶ改善します。しかし生徒が起こす事件は減ったとはいえ、まだまだ起きます。大塚氏は、授業以外にも学校が荒れる原因があるはずだと考え、給食に目を付けたのです。


 ・・・<『給食で死ぬ!!』、p18~p21から抜粋開始>・・・

 コンビニ前で張り込む -- 食の調査

 このように、教師側の努力によって授業が改善されていきました。
 その結果、たしかに子どもたちのようすも変わり、机に伏していたのがビシッとした姿勢になり、教室を抜け出す子どもも少なくなりました。非行の起きる割合が少なくなり、学校に来なかったいわゆる不登校の生徒たちも登校するようになってきました。
 しかし、事態はまだまだです。何らかの事件がたびたび起きます。いじめの問題が起きたり、キレる子がいたり、やはり学習に無気力な子どもたちもいました。
 せっかく授業が魅力的になってもそういった問題が起きるのは、どこかに何らかの原因があるはずです。もはや教師の授業内容でなく、他の原因があるのではないかと、私は考えるようになりました。
 ところで、この地域では、小学校では運動会がありますが、中学校では運動会がありません。水泳大会・陸上競技大会・柔道、剣道などの競技大会。バレーやバスケット・野球の競技大会。これらのものを学校や地域、そして県大会として行っています。
 これらの大会で気づいたのは、お昼にコンビニ弁当やカップラーメンを食べている生徒がいたことです。コンビニ弁当やカップラーメンには、「県大会で頑張ってね」という”母の愛”が感じられないのです。
 そこで私は思い立って、ある競技大会の朝、5時から会場の近くのコンビニ前で、張り込むようにして子どもたちのようすを見ることにしました。
 すると、親子が次々とやってきました。車で乗りつけて、コンビニで弁当など、その日に食べるものを買っていきました。
 彼らの買ったものは、まずコンビニ弁当。それから、会場の給湯室でお湯をもらって食べるカップラーメン、あるいは菓子パン、清涼飲料などです。
 菓子パンを食べる子は、およそジュース類を飲んでいますが、そのパックを見せてもらうと、果汁など1%とか3%程度しか入っていません。ほとんど人工の香料によって、オレンジなどの味と色をつけたものです。

 お弁当にはお母さんの愛情が詰まっている

 このような生従の多くはおしなべて問題をかかえた子どもたちでした。つまり、かなり高い確率で非行問題を起こしていたり、いじめる側であったり、キレやすく、学習に無気力といった子が多かったのです。
 そういう生徒の場合、事件を起こして保護者に来てもらって「お宅のお子さんは」と話しても、あまり効果はありません。
 余談ですが、子どもが事件を起こして親にきてもらい、場合によっては警察官も立ち会っている場面では、およそ主導権を握っているのは母親です。20年くらい前は父親が主体でした。しかし近ごろは、口火を切るのは母親で、父親は小さくなって聞いています。
 母親が生徒に「こんなことをして、近所の人に知られたら、母さん、恥ずかしい」と言って嘆きます。また「父さんが会社でこの件を知られたら、同僚の皆さんに肩身が狭い」とも言います。
 すると、近ごろの子どもは「ふざけるな、てめえ。そんなことを言う権利があるのか!」などと、汚い言葉を平気で発します。どうしてなのでしょう。以前なら「俺、こんなことをして……。母さん、ごめん。父さん、ごめん。これからはしないよ」と言ったものです。
 いまは、その光景がまるで違います。
 昔は運動会とか遠足とか、何か試合に行くという日には、母親がいつもお弁当を作ってくれていました。試合に負けても勝っても「俺の好きな卵焼き、焼いてくれたかな」などと思いながら、胸を躍らせながら、お弁当を広げたものです。
 ところが、近ごろは子どもをコンビニに連れていき、お金を与えて好きなものを買わせているのです。
 そうなると、父親への思いも母親への思いも、薄っぺらになりがちです。
 ひどい子になると、親は「金を渡してくれる財布」くらいにしか考えていません。だから、親に対してそんな荒れた言葉が出てくるのでしょう。
 親子の絆(きずな)がたいへん弱くなっているのです。

 ・・・<抜粋終了>・・・


 ここで大塚校長は学校の給食を変えようと奮起します。
 しかし抵抗も大きかったのです。「今度の校長は疫病神だ」と言われる始末です。


 ・・・<『給食で死ぬ!!』、p27~p31から抜粋開始>・・・

 給食を変えるしかない!?

 子どもたちの、こんな現状が分かってきました。
 そこで私は、PTAの会合を開き、食生活の重要性などについて説明会を開きました。ちなみにこれは、校長のときも、後の教育長のときも同様でした。
 ところが、いくら話をしても若いお母さんたちはあまり聞く耳を持たないようすでした。特に非行を起こしている子どもの親御さんほど、まるで理解してくれません。
 「家庭で難しいなら、学校で食を変えるしかない」と、私は一大決心せざるをえなくなりました。家庭で食べないものを、学校で食べさせるしかありません。ともかく子どもたちのためには、食を変えなければならないのです。
 ちなみに当時は、教師の中にも不登校の教師が数人いました。その教師の授業は、他の教師が分担して受け持つわけです。代わりの教師は来ませんし、教えるべき子どもを遊ばせておくわけにもいきません。ですから他の教師に負担がかかり、疲労がたまります。これも、改善しなければならない緊急課題でした。
 それまでの給食はというと、たとえば子どもも教師も好きな「菓子パン」「揚げパン」がありました。さらに主食でいうと中華麺、スパゲッティ、ソフト麺などがあり、みんな大好き。一方、ご飯は1週間に1食程度しか出されません。そのご飯のときも、副食は肉が主流です。
 これでは、家庭と学校の食事がほとんど同じです。そこで、まず主食はご飯にすること。さらに副食も魚や野菜たっぶりのものに変えようと考えました。
 本当にありがたかったのは、栄養士のI先生が食に関わる生徒の健康を大変心配しており、早速取りかかってくれたことです。
 当時は、イワシが安く手に入りました。イワシの甘露煮(かんろに)ならば、頭から食べて骨も丸ごと食べれば、カルシウムやマグネシウム、鉄分も十分に摂ることができます。そこで美味しいイワシの甘露煮を試作して食べてもらったところ、まず教師たちの猛反対に遭いました。
 「こんなもの、食べられるか!!……」という反応です。子どもたちも、魚臭いイワシの甘露煮なんてとんでもないと言うし、親からも周りのみんなから反対されました。
 そして保護者から言われました。
 「校長、あなたが給食費を出してくれるならば、あなたのやりたいようにしていいです。しかし、給食費は私たちが出しているのです」
 まあ、お金を出すのだから食べたいものを食べさせろ、という発想です。当時はいろいろとトラブルも起きていたし、「今度の校長は疫病神だ」とも言われました。

 とんでもない校長と言われても私は引かない!

 当時は、前述のように授業改革が少しずつ実を結び始めていました。さらに、くわしくはあとで述べますが、花作りによっても、効果が見え始めていたのです。
 しかし、まだまだ道半ばでした。子どもたちは「土掘りや堆肥(たいひ)作りをさせられる」と不満を持つし、親は子どもが運動着を汚して帰るので、毎日洗濯をしなければならないから、大変です。ですから大反対でした。どこからか中傷があり県教育委員会が、ようすを見に来たこともあります。
 しかし、私は、県の職員に対しても絶対に引かない覚悟でした。
 県の教育委員会に対して「ふざけるな。そんなことを聞きに来る時間があったら、他にやることがあるだろう!」と強く思い、何としても給食を変えなければと、決意したのです。
 そんなあるとき、生従の食生活を変えなければと、真剣に取り組んでくれている栄養士のI先生が、32歳の若さで心筋便塞(こうそく)で亡くなった人の心臓の生体写真を借りてきて、教師と保護者、さらに子どもたちに見せてくれました。
 写真によると、動脈にコレステロールが真っ白く付着し、まるで石膏状態でした。心臓の周りにもたくさんの脂肪が付いているのが分かりました。そのために心臓は正常に収縮できないし、動脈の働きも不能になっていたのでした。
 これを見せて、「若くして死にたかったら、いまのままの食事を摂れ。ただし、その責任は持たないぞ!」と私は言いました。
 たしかに、その写真を見たらどんな教師や子どもも「この生活を続けたら、こうなるのか」「自分があと何年か経つと、こうなるのか」と、理解します。おかげで食の改善に理解を示す先生や生従が増えてきました。
 それで私は、1週間の5食すべてを米飯に切り替えることを決断しました。

 ・・・<抜粋終了>・・・


 ここで救世主が現れました。
 32歳の若さで心筋便塞で亡くなった人の心臓の生体写真です。
 これは抜群の効果があっただろうと思います。というのも生徒だけでなく教師にとっても、自分の命に関わる問題だと気付くきっかけになったからです。
 食は、本来は自分の命に直結する問題なのに、それまでは他人事のように聞いていたのでしょう。しかし自分の命の問題と認識すれば、人は本気になるものです。


 ・・・<『給食で死ぬ!!』、p31~p32から抜粋開始>・・・

 子どもたちが本を読み出した

 すると少しずつ、やがてはっきりと、子どもたちに変化が見えてきたのです。
 まずは「読書の習慣」です。荒れているときには、子どもはとうてい本を読む気になりません。ところが給食内容を変えてしばらくしたころ、休み時間になると、子どもたちがみな図書室に行って本を読むようになりました。
 給食が済むと、争うようにして本を読んでいます。図書室に120ある椅子が、瞬く間に生従で一杯になりました。
 椅子が満席になると、床に腰を下ろして読んでいます。床が一杯になれば、廊下に出ても読んでいます。これは、なかなか感動的な光景でした。食の改善による影響が大きかったと思います。
 図書館司書のT先生は、読書力を向上させるために、本気で取り組んでくれました。本の紹介を興味深くしたり、本のクイズを出したり、読書感想文に賞を出したりと、本への関心を高めてくれました。
 しかも、荒れていた時代には図書の紛失が年間に400冊もあったのに、生徒たちが熱心に本を読むようになってからは、紛失がゼロか1冊になり、読まれると本はなくならないことがわかったのです。これは素晴らしいことです。
 ところで1951年に始まった読売新聞社の「全国小・中学校作文コンクール」をご存じの方も多いでしょう。米飯給食に変えてから起きたもう1つの変化は、生徒がこのコンクールに参加して、特に指導もしないのに、毎年のように全国で1位か2位に入選するようになったことです。
 子どもたちの文章力がしっかり向上していました。1位、2位に入選した子どもの作文は高度で、大人の私が読んでも筋がじつに複雑でした。
 テーマは自由で字数制限もありませんが、質の高いものを中学生が書き上げており、これは嬉(うれ)しい驚きでした。

 ・・・<抜粋終了>・・・


 大塚校長の授業、給食の改革、そして花壇を設置する取り組みにより、生徒は急速に変わってゆきます。
 最後は学校にタバコの吸い殻がほとんどなくなったといいます。非行による事件もほぼゼロになり、40~50人いた不登校の生徒は2人になったといいます。

 大塚校長が給食改革でやったことは、給食を洋風の食事から米飯に替え、副食を肉から魚や野菜中心に替えたたことだけです。
 たったそれだけのことに、周りから頑強な抵抗があったのですから、人間とはいかに現状を変えたがらない生き物かと思います。

 ここまで読まれてきた訪問者の中で、和食に切り替えたと言っても、その質が問題だというご意見の方も多いと思います。ひと口にコメと言っても、質の悪いコメもあれば、質の良いコメもあるからです。
 実際のところ大塚氏は、今度は真田町の教育長に就任し、地域の学校全体の給食の改善に乗り出します。
 大塚氏は給食に大量の防腐剤や軟化剤などの食品添加物が使われていることを知ります。そこで無添加の小麦を使おうとしたら、国は指定した小麦以外には補助金を出さないと言ってきたのです。
 また地域の大規模農家と契約して、無農薬有機栽培のコメを作ろうとしたのですが、これも国が許可しないのです。
 大塚氏はまたしても頑強な抵抗に遭うのです。

 結局は、それを乗り越えていくのですが、これもまた興味深い話なので、そのうち記事にしたいと思います。



(注0:千さんのお爺ちゃんセッション)

 当HPを以前から読まれている方はご存じだと思いますが、千さんのお爺ちゃんセッションとは、千さんという方が行うチャネリング・セッションのことです。5人の霊的な存在であるお爺ちゃん(実際には女性もいるので全員がお爺ちゃんではないのですが)と呼ばれるマスターが千さんを介してクライアントである私達の質問に答えてくれます。


(2015年6月13日)

Tuesday, 9 June 2015

自分よりすごい人がいるからといって、なりたい職業をあきらめる必要がまったくない理由

Copied From
http://kasakoblog.exblog.jp/23211746/

自分よりすごい人がいるからといって、なりたい職業をあきらめる必要がまったくない理由

誰もがすごい人だけに仕事を頼むわけではないから。

好きを仕事にするセルフブランディング&ブログ術講義=かさこ塾をしていて、
これまで4~5人ぐらいからこのような質問があった。

自分がなりたいと思う職業には自分よりいっぱいすごい人がいるから、
あきらめた方がいいのではないか。
なれたとしてもその仕事だけで食べていけないのではないか。と。

答えはノー。
まったく心配する必要はない。
好きを仕事にする上で飛び抜けた才能は必ずしも必要はないのだ。

わかりやすい例として、カメラマンを考えてみよう。
本当はカメラマンになりたい。
一般人よりはかなりうまい。
でも。と思う。
プロでやっている人にはすごいうまい人がいて、
到底自分にはかなわない。
こんな能力ではプロになれないんじゃないかと。

そんなことはない。

例えばものすごい有名ですごい写真を撮るカメラマンがいたとしよう。
確かにそのカメラマンの写真にはかなわないかもしれない。
でも世の中、仕事を発注する判断材料は能力だけではない。
値段、スケジュール、納期、使いやすさなど様々だ。

仮に、自分より腕がいいカメラマンが周囲に10人いても、
あなたに仕事が回ってくる可能性は十分ある。

1:値段が安い
他のカメラマンが例えば10万円するところ、
自分なら5万円でやりますよと価格差をつければ、
予算の関係上、あなたに仕事が回ってくる可能性は十分ある。

2:スケジュールが合う
例えばどうしても6月4日に撮影してほしいイベントがあるとして、
他の10人のカメラマンに予定が入っていたら、
あなたに仕事が回ってくる可能性は十分ある。

3:納期が合う
かりにスケジュールが合ったとしても、
他のカメラマンに頼むと納期が1週間後になってしまうという場合に、
「自分なら翌日でも納品できますよ」といえば、
あなたに仕事が回ってくる可能性は十分ある。
納期を急いでいるクライアントにとっては、
カメラマンの腕よりも納期が重要な場合もあるからだ。

4:使い勝手がいい
能力がある人がいいかというと必ずしもそうではない。
例えば有名で人気で大御所ぶっていて融通がきかないとかなると、
クライアントとしては仕事を頼みづらくなる。
まだまだ駆け出しだけど、フットワークが軽くて、
クライアントの要望も聞いてくれて臨機応変に対応してくれる人の方がいい、
という場合もある。

他にもあるかもしれないけど、主なところはこの4つ。
別に能力だけで仕事先選びをしているわけではない、
自分よりすごい人がいたってぜんぜん構わないのだ。

好きを仕事にしようと思っても、
こうした他者比較で萎縮してしまう人が意外と多いのだが、
そんなことは気にしなくていい。
自分が好きだと思ったことを、今、下手でもいいからやり続けることだ。

変に「この仕事の方がライバルが少なそう」とか計算して、
そんなに好きでもない仕事を選ばない方がいい。

小手先のテクニックがうまかろうが、
最終的には好きな人にはかなわない。
なぜなら好きな人は頼まれなくてもやってしまうからだ。

だから今、できるできないを考えず、
他の人がどうだと気にせず、好きなことを仕事にすればいいと思う。

============================================(引用終了)

今仕事を始めて日本人窓口という形で働いている。
様々なプロフェッショナルといわれる人や、営業マン、果ては社長クラスの方とも
お会いするが、最終的にはその人がどのようなことが出来るかとか、
仕事がはやそうかとかではない。いや、もちろん重要だけど、
モット重要なことは、

「一緒に仕事がしたくなる人かどうか」

ここに帰結してしまった。これには国籍やキャリアなど一切関係ない。
その人自身がどういう人なのかにかかっていた。
かさこさんのブログを読んで、自身をもてました。

ありがとう。

操り人形の作り方・政府が国民を完全な操り人形に仕立て上げる方法

Copied from
http://ameblo.jp/wake-up-japan/entry-12032757585.html

操り人形の作り方・政府が国民を完全な操り人形に仕立て上げる方法

Designing the Marionette: How Your Government Molds You Into the Perfect Puppet

2014年10月【Anonymous】http://anonhq.com/designing-marionette-government-molds-perfect-puppet/ より翻訳





AnonDiVinci著:

政府は、メディアによるプロパガンダ、恐怖心、拒否に対する恐怖心を用いて一般市民を「命令に従う」ように洗脳しています。政府は恐怖心を国民に与える一方、自由な選択という前提を操作しています。そうすることにより、政府はあなた方一般市民に対して、あたかも「本物の情報」に基づいて自分達の選択をしているように思い込ませています。


しかしこれは何も目新しいことではありません。実際には、この概念そのものも大衆によって議論がなされています。情報が大衆に与えられ、大衆はそれについて議論をしリサーチを行い、糾弾している情報を見つけます・・・それでもなお、そういった情報を無視し、拒否することを選択しています。

そして知性のある人間が、困惑したように頭を掻きむしる羽目になっているのです。証拠と一緒に情報を提示しているのに、拒否されるのは何故なのでしょう。


これについて少し考えてみましょう。私たちは小学校の頃から、カリキュラム(教育課程)に基づいて教えられています。特定の考え方に従うように教えられるのです。つまり、大衆に従うように教え込まれているのです。

実際のところ、もしあなたが知的で既存の枠にとらわれない考え方をしている場合には、教育者たちはあなたに「ただわかっていない」あるいは「理解していない」人間だというレベルを貼り付けます。

教育者たちはまた、あなたをすぐに教室の前に呼びつけて、まるであなたがバカか頭がおかしいとでもいうように同級生の見世物にするでしょう。

これにより、今度は「群れに従わなければならない」という抜本的な信念が植えつけられるのです。


他人が信じていることを信じなければ、バカかキチガイというレッテルを貼り付けられ、そして「陰謀論者」として拒否され、却下されてしまう・・・


学校の教室の中に足を踏み入れた第一日目から、私たちはこのように考えるように型にはめられていきます。教育者らは各個人の考えを除去し、自分自身で考えることによる拒否やレッテルを避けるために「社会に適応する」ために必死でそれを別のものに置き換えるのです。


このプロセスの一部は非常に単純なものです。つまり、社会に受け入れられるという人間の精神における自然な必要性を利用する、というコンセプトです。社会に受け入れられる必要は、結局は人間の中でも心理学的にもっとも強力な必要性です。


 プロセスの二つ目の部分も、同じように単純なものです。偽情報、別の言い方をすれば彼らが私たちに知ってもらいたい情報だけを教育的技術とともに提供することで、効果的に「愚民化」させるというものです。

その理由もシンプルなものです。知性に欠けている人間、あるいは少なくとも自分が知性に欠けていると考えている人間は、言われたことを疑問視する場合が少ないからなのです。

そういった市民は、権力者と呼ばれる人たちは自分よりも賢くて、かかる権力者が言うことに対しては疑問を挟む余地もないというように考えます。

それよりも性質が悪いのは、あなたが正しすぎて、真実に近づきすぎている場合で、彼らはあなたをキチガイと認定するだけでなく、一部のケースではテロリストや犯罪者というレッテルが貼られてしまうことです。


そうなると、正しい情報を把握している人間にとって、両刃の剣になってしまいます。バカかキチガイ扱いされているように感じるか、犯罪者扱いされるか・・・どちらにせよ、あなたの信用度を損なおうという試みがあることでしょう。


CIAにはMKウルトラというプロジェクトがあります。これは行動修正を通じた洗脳のプロセスについての概要を描き、研究を行っているものです。

要するに彼らにとって望ましい行動様式に対しては報酬を、一方で、彼らにとって望ましくない行動には罰則を与え、巧妙に作り上げられた情報を用いて特定の行動を促進しているということです。


MKウルトラについての詳しい情報については、こちらからご確認いただけます(日本語ウィキ)。


ちなみに1956年に発足したMKウルトラ計画の一部には、マインドコントロール(洗脳)のプロセスを支援するための実験・大量流通を目的に遺伝子組み換え種子を使用することも含まれていたなんて、驚かれたのではないでしょうか。つい脱線してしまいましたが、この件についてはいつか別の記事でまとめたいと思います。


私がCIAの名前を出しましたので、これはアメリカだけに該当するものだとお考えの方もいるかもしれませんが、それは真実とは程遠い考えです。

世界中の政府は似たような戦略を用いて、一般市民に対する統制力を得て、維持しています。リサーチに十分な時間を費やした私たちはまた、CIAは世界中のほとんどの政府と関与していることも知っています。



現在、遺伝子組み換えを作っている企業を保護するモンサント保護法が実施されています。同法はまた、農業で使用される種子という点でも競合から保護するもので、GM種子が世界中に大量に流通されるようにしたものです。

アジアの一人の農家が使用する種子を選択することなんて、たいした問題ではないと考えられる人もいるかもしれません。しかしモンサント社の種子を拒否した国々は、アメリカとの国際貿易の機会の喪失に直面するという点も考える必要があります。


またわが国の若者の教育に、全米共通学力プログラム(Common Core)と知られているものが用いられています。この全米共通学力プログラムについては、多くの教師でさえもが子供たちに自分がバカだと感じさせるような基準であると示しています。全米共通学力プログラムとはつまり、簡単な問題(例えば9+6)を拡大させすぎ、そのため学士号以上の学位を持つ大卒者でさえ理解できないまでにさせており、そしてこの基準が小学校の生徒に適用されているのです。

操り人形を作り出すプロセスでの共通学力プログラムの役割については、下の動画で確認できます。同プログラムの非効率性ばかりでなく、また私たちの若者の頭脳をコントロールし、若い頃から政府に従順な市民を創り出そうという目的で使用されているということがご理解いただけるでしょう。



KIDS REACT TO 2+2=5 (COMMON CORE)
http://youtu.be/d1Ubjg_o8vg


そして最後に、市民の「愚民化」により、自分自身で考えること、反乱や疑問視する可能性が低くなり、それゆえ、何の疑問も持たずに盲目的に屠殺所へと羊飼いの後について行く操り人形・羊を作り出しているということについてお話ししましょう。

このような事象がソーシャルメディアでこれほどまでに文書化されていることは、かつてはありませんでした。

Facebookのようなソーシャルメディアでは、十分にこの例を見ることができます。恐怖心を用いた戦略により、市民は必要以上に過敏になっています。


権利が与えられているという感覚が原因で、市民は容易に気分を害したり、弱々しく感じたりしています。知性やリサーチよりも、無知がより好まれています。

 多数の人は、記事のコンテンツ(内容)を読むために実際に時間を割くよりも、センセーショナルなタイトルからによってのみ、意見を形成することが多いようです。


愛国主義とは、「政府が言うことならなんでもしなさい。そうでない者はいかなるものであっても、テロリストとすること」だと再定義されています。

自分の自由を望んで手放そうという人は、自分たちの自由を守ろうとしている人間よりも、文字通り実際問題、多いのです。同じことを望んでしようと思わない人間は誰もが、キチガイであると考えるように条件付けられています。


元軍人として、かつて一度、愛国主義を主張している人によって構成されているISISに参加するべきだと言われたことがあります。米国民の自国への忠誠の誓いに起立しなくてもよい権利のある人がいるということを理解している、というだけなのですが。


これは宗教に狙いを当てたものではないことを、ここで強調しておきます。実際のところ、人間がどれだけ洗脳されているかについて、理解するための単なる例に過ぎません。


人々は子供の頃から、お空に人がいると教えられてきました。彼に話しかけることはできると。


誰も彼を見た人はいません。彼が話すのを聞いたことのある人もいません。

彼の存在を証明する本当の証拠は、文字通り一つもありません。

彼に何かをお願いします。ごく稀な場合には、お願いしたことが叶います。それは奇跡です。欲しいと願ったものが手に入らない場合、つまりよくあるケースですが、それは彼の意志によるものです。

あらゆる事象は彼の意志で、万物の創造主であり、何か善いことが起こればそれは彼の力によるもので、何か悪いことが起こる場合には他の人格が非難されます。


人々はこれを信じ、自分の全人生をそれを中心にし、そのために猛烈に戦って命を落としています。

ついでに、もし政府が彼らを意識操作し型に押し込め、形成する否定の余地のない証拠を手渡した場合、彼らはまるであなたが頭のおかしい陰謀論者だと言わんばかりの目つきでみてくることでしょう。


これが政府の望んでいる行動様式なのです。



マクシミリアン・ロベスピエール(Maximilien Robespierresaid、フランス革命の革命指導者):


「自由の秘密は教育を受けた者の中に存在し、

独裁権力の秘密は、彼らを無知でい続けさせるところに存在する」




(翻訳終了)






*****

子供のボクが言うのもなんやけど

Copied from
http://kokoroniseiun.seesaa.net/article/420266493.html
Thank you.

子供のボクが言うのもなんやけど


 ウチのおにいちゃんは高校生なんやけど、勉強ができるほうじゃなくて、だれもなまえを聞いたことがないがっこうに行っている。
 ウチのかあちゃんは近所の人に「おたくのむすこさん、どちらの高校へ?」とたずねられると、いつもこまって「ええ、まあ、ちょっとそこらへんの…」とか言うて、ごまかしよる。

 「ええ、まあ、大学のふぞくですねんけどナ」とかも言いよる。その大学が、むかし「嗚呼!花の応援団」というギャグまんがに出てくる「南河内大学」みたいなトコやねんデ。
 あわれやねん。

 そのにいちゃんが、さいきんねっちゅうしてたんが、AKB48のつぎのシングルをうたうメンバー16人をきめる「せんばつそうせんきょ」やってん。

 とうひょうけんをもらうために、ファンクラブに入っただけやのうて、AKBのシングルCDだかを、アルバイト代ぜんがくと「おこづかい」をぜんぶはたいてなんまいも、こうてはった。おかあちゃんから、「アホや」といわれとったデ。かあちゃん、言うだけやのうて、止めなあかんやろ。

 そのせんきょと言うんが6日に、ふくおかのヤフオクドームでおこなわれ、指原莉乃という子が1位になったんやて。
 にいちゃんもこの「さしこ」いうあだなの女の子のファンやいうて、いれあげとったから、そらもう大こうふんで、家のなかをとびはねとった。

 指原は19万4049ひょう、かくとくして、「史上最多」のとくひょうだったって。だからなんやとボクはおもうねん。
 ボクがおにいちゃんに、「なんでそんなにAKBがええねん?」ときいたら、「いつも元気をもらっているからや。感謝せなあかん。せんきょでとうひょうするんは、そのきもちをつたえたいからやねん」と言うてた。

 えらそうに言うことか?

 なんやしらん、そんなアイドルグループの歌うのんでしか、元気をもらえんちゅうのは、きょうだいとしてはあまりになさけのうて、屁も出んなあ。にいちゃんみたいな高校生にはなりとうないわ。

 ウチのにいちゃんは、ろくに漢字もかけへんし、わり算なんかもできないんや。四国がどこにあるかも知らへんし、地名だということもわかっとらん。
 そういうアタマのからっぽなんをあつめて、しょうばいしとるんが、AKB なんかの芸ノープロやと、しょうがっこうのセンセイが言うとったワ。

 とうひょう総数は328万7736ひょうだったて、ニュースで言うとった。328万ものアホのつみかさねや。
 こういう数字もいかさまやろな。
 
 そもそもちゅうのんが、芸ノー界のこんなイベントが、やらせでないわけがないやろ。はじめから、ことしはだれが1位になるとか、2位になるとか、きまっとるんやデ。
 それを芸ノープロいうのんが、マスゴミを使ってファンをあおって、CDを買わせよう言うこっちゃ。こんなアホなことを、いくらカネをもろうとるかしらんけど、ほうどうしてやるマスゴミもいかれとるワ。

 このさわぎを見とってな、ボクは、やっぱりこういうのんは、チョーセン人のやりそうなことや、と思う。
 にほんの芸ノー界をしきっとるのは、ザイニチや、言うのんはだれでもしっとるこっちゃ。
 
 AKBそうせんきょ言うて、女の子をさらしもんにしてからに、歌い手メンバーに、1位になったらビキニになるの、ゼンラになるのとセンコクさせて、おとこのファンの「劣情」をあおりよって。
 これはザイニチのてくちやねん。ヒンセイのかけらもないやろ。

 AKBのメンバーになる女の子も、たいはんはザイニチなんやろなあ。
 まともなヤマトナデシコやったら、あんなせかいに入らん。

 ドレイを市場にあげて、セリをしているようなもんや。「人身売買」となんもかわらん。ああ、おぞまし。

 いずれウチのにいちゃんも大人になったら、赤しんぶん言うのんか、イエローペーパー言うのんかしらんけど、「内外タイムス」とか「東京スポーツ」とか「アサヒ芸能」とかした読まれへん人間になるんやろなと、くらいきもちになってん。
 そんなきょうだいは、もちとうないわ。

 ハクチはごめんや。
 しかし大人も大人や。AKBなんぞ、ゲヒンなものにかかわるんやないデ、とわかものをさとすこともせんと、「まあええやないの」ですませとる。なんもかんがえとらんのや。
 「朱にまじわれば赤くなる」言うことわざは、もうどこかにいってもうた。

 それにしてもや。
 なんやボクには、こうしたAKB48のバカさわぎ言うのんは、アンデルセンの「はだかの王さま」をおもいださせるのや。
 王さまがハダカや、というのはみんなが知りながら、でもハダカと言うたらまずい、じぶんにとっても不都合やし、みんながたのしい言うのやったら、まあええか、と。で、王さまがうつくしいお召しものを着ているというウソを信じているふりをしているのやデ。

 AKBは歌はへたやし、ブスやし、ただ業界がよってたかって女の子を食いもんにしよるのは、わかってんねん。まあウチのにいちゃんくらいやろな、マジでおどらされとんのは。
 カラクリはわかってんねんけど、マジになったらギョーカイでメシ食ってるおにいちゃん、おねえちゃんたちが不都合になるんで、信じてるふりをつづけているのや。「王さまはハダカや」いうたら、クビにされてまうデ。

 いうなれば、「はだかの王さま」もおおやけのウソなら、AKBもおおやけのウソや。
 しょせん、さっきも言うたけど、AKBがどうたら言うのんは、「内外タイムス」やら「夕刊フジ」やらいうようなノータリンがよむシンブンと芸ノー界だけの話やさかい、オピニオンリーダーやとうぬぼれとるシンブンが、とりあげたら恥やん?

 どこまで劣化したら気がすむのや?
 「はだかの王さま」は、王さまや、ケライやミンシュウが、ウソを信じるふりをしているうちに、それが「量質転化」していって、シャカイぜんたいが、ウソでかたまったようになったんやデ。 
 「量質転化」してしもうたもんは、もう元にはもどせんのや。